04
キャンドルサービス
東とが結婚したらしい、という噂が訓練生の間で飛び交っていた。──ほんとに? 性格的に合う気がまったくしないけど……。でも同い年だしね? 結構一緒にいるとこ見るしね? それなら沢村さんのほうがしっくりくる? うーん。沢村さんは本部長でしょ? にしても東さんって大学院生でしょ、学生結婚ってすごいね。
日曜日の昼、ラウンジでそんな会話を聞いた諏訪はそれはないだろ、と内心ツッコミを入れ、自分に確認の声が及ぶ前に席を立った。ないだろ、と言いつつも否定材料をもたなかったからだった。それに、なぜそんな噂がわいてきたのか理由がまったくみえなかった。それを確かめるべく狙撃手訓練室を覗くと東はアイビスを構えて的の中心を撃ち抜いていた。
「してないぞ」
すでに東の耳にもその噂は届いていたらしい。もう否定済みだからそのうち消えるだろうと噂の中心人物はとくに狼狽える様子もなくアイビスを置いた。
「昨日、大学の同級生の結婚式にはふたりで行ったから、そこから話がおかしくなったんだろうな」
どちらも訓練生に近しい人間だからこそ伝言ゲームであっというまに広がっていったのだ。
東とが大学からの知り合いであることは知っていたが、共通の友人の結婚式に参列するほどの間柄だとは考えていなかった。
「東さんとさんってあんま仲よくなれそうにない感じですけど、どうやって知り合ったんスか?」
諏訪の遠慮のない質問にはは、と東は笑った。
「まあ、几帳面といわれる俺と雑だと言われるだからな。でも、だからよかったんだ。俺はのことは初対面から好きだぞ」
「それは、恋愛的な意味で?」
「言葉選びを間違えたな。わかってるくせに、女子高生みたいに恋バナに持ち込むな」
よく喫煙所で見かけてたんだ、と東は話をはじめた。
「男女ふたりがさ、煙草二本さしたケーキを喫煙所に持って入ってきて。誕生日おめでとうって、に渡してたんだよ」
「うっわ、地獄」
「どんなリアクションするんだろうって横目で見てたらさ。は、わたしはフルーツ嫌いなんだよ! って、乗ってるいちごにキレてた」
「登場人物全員頭おかしいじゃねーかよ」
「で、隣にいた俺にいちごを勧めて来た。食べます? って」
「食べたんすか?」
「ああ。ちゃんとケーキも、みんなで煙草のまわりだけ食べたよ」
食べ物を粗末にはしません。スタッフでおいしくいただきました、と言わんばかりのドヤ顔だった。
「ちなみに、昨日行った結婚式は、そのケーキ持ってきたふたりのだ」
「出来すぎた話だ」
「だな」
しっかりとオチまでついてしまった話に東と諏訪は苦笑いを浮かべた。
「ボーダーに誘ったのも東さんでしたよね」
成り行きで誘ったのかと思っていたが、その調子だと違うのだろうなと諏訪は考えを改めた。
「そうそう、は遊び転げてたから就活も全然してなくてさ。バイト先のコーヒーショップの社員になろうと思うと飲み会でビールジョッキ片手に高らかに宣言してたから」
「でも、人事部に向いてると思ってのことっスよね」
「もちろん。は客観的に物事をみられたし、相手の考えを想像するのがうまかった。その能力はどこでだって活かせただろうけど、それを俺はできれば近くで見たかったんだ。いちご食わされたあの日みたいにな」
就職先斡旋してやったんだから、それくらいのわがままは許されてもいいだろうと笑う東はどこまで本気なのだろうか。この人は口に出した以外の感情や考えを人よりも多くもっているのだろうと、諏訪は常々感じていた。
「見れてます?」
「まあ、期待してた半分くらいかな」
「手厳しいっスね」
「だって、半分しかしていないだろう。仕事を」
東の見解に諏訪は一瞬固まった。いや、むしろふたつしてるだろう。
諏訪の戸惑いを受けて、東は続ける。
「俺はさ、1個を1.5とか2個にしてもらいたいわけじゃなくて、1個を磨き上げるが見てみたいんだ」
「……防衛任務単体は仕事ではないと?」
「まあ、だいたいそういうことかな。でもそれを決めるのは俺じゃないし、それができなくてもは魅力的だよ。ただ、それをアイツも望んでいると思ったんだ」
ぼんやりと東が言わんとすること輪郭をとらえつつ、食堂へと向かう道すがらがんばっている、という言葉に不服そうな顔をしたのことを諏訪は思い出していた。
ブーブー、と諏訪のポケットでスマートフォンが長く振動をはじめて、その思考は中断された。東に断りをいれて引っ張り出せば、噂をすればからの折り返しであった。噂が週明けの業務の支障になったら困るかと着信を残していたのだった。
『なによー』
酒やけした声が昨晩の深酒を象徴している。もしかすると、東も戦闘体を解除したらわりと二日酔いなのかもしれないと想像すると、ちょっと愉快だった。諏訪はおはようの挨拶もそこそこに、スピーカーをオンにして東に喋らせる。
「東だけど」
『あら、東さん? 昨日はお疲れー』
「俺とが結婚したって噂が流れてるらしいぞ。しとくか?」
『おーおー、それでは東さんの年収をお聞かせ願います』
「まだ学生なもんでな、推定でいいか?」
『将来性にベット!』
端末の向こう側とこちら側の笑い声が訓練室に響いて、ほとんどの人間の視線が諏訪と東に集まった。
いちごが嫌いな女もいるんだな。諏訪はの顔を思い浮かべて、なんとなく、腑に落ちた。きっと、ケーキから抜いた煙草を、はきっちり二本分吸っただろう。