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旅は道づれ
諏訪洸太郎は考えた。自分が隊をつくるということについて。は諏訪に「おまえが、内部ではなかなか勝てなくても実戦で欠かせない隊を作らんかい」と発破をかけたのだと諏訪は受け取っていた。他の人にそんなことを言われても、はあそうですか、俺はしませんけど、と思っただけだったかもしれない。ただそれを言ったのがだった。諏訪はその期待に応える自分というものを想像せずにはいられなかった。ふわふわと知っている隊員の顔を思い浮かべてはみるが、みなすでに隊に所属、ないし所属するつもりがないこと明言している。あの金曜日の夜から日曜日の朝までの間、は話を蒸し返すことをしなかったが、月曜の夕方には勝手に次期正隊員候補のリストが添付されたメールが、ボーダーの端末に送付されてきていた。データをスクロールしていたところ見知った顔があった。──こういうこと、しそうなタイプじゃねーんだけどな。
高校三年の球技大会だった。サッカー、バレー、バスケ、ハンドボール、ソフトボール、野球、テニス。これらの競技を各学年のクラス同士で一日かけて競う。学年をわけて開催すればよいのに、生徒同士の親睦を深めるためにと全学年同日に行われる。もはや自分がなんの競技に出されたのかすら思い出せないが、これまたなんのボールで負傷したかわからない女子を諏訪は仮設の救急テントまで連れて行った。自主的にはではない。「諏訪くん、連れて行ってあげてよ」というその女子の友人たちの発言による強制的な圧であった。
とはいえその女子はおそらく突き指をしたうえに、ひざを盛大にすりむいていた。高校生の女子がひざに傷を残すのはいやだろう。怪我をしたこと自体はわざとではないのだ。テントの先にいた男は体操服を着ており、諏訪たちと同じくこの学校の生徒で、胸元の名前の刺繍の色から、二年生であることがわかる。
「保健委員か?」
「まあ……」
まあ、て。イエスかノーかどちらかだろう。手元を見れば地味な表紙の小説が握られている。俺の視線に気がついた男はそっと救急セットに持ち替えた。一日中動きっぱなしの行事なんて、体育祭だけでじゅうぶんだよなあ。それもできればいらねーけど。
「サボりか?」
そういうわけで目の前の男も自分と同意見と考え、諏訪は尋ねてみた。
「……たしかに、一時間の持ち回りでいいところを俺は二時間みていますね」
「そうか」
「彼氏の応援にいきたいと言った子がいまして……代わってやったんです」
「そうかよ」
この男はその女を好きなのではないかと思ったのは小説や漫画の読み過ぎだろうか。男の目からはなにも読み取ることはできなかったし、「じゃ、あとよろしく」来た道を引き返す諏訪の背中を男と女がじとりとみていたことを、諏訪は知らなかった。
──「覚えてっか?」
諏訪はポケットに入れていた右手を引き出して挨拶代わりに掲げた。件の男は構えていた散弾銃をおろして、諏訪に体を向ける。
「よくもまあ、似合わんところにおいでなすったな」
頭をかいて、少し照れたように口角をあげて堤は、
「運動自体は、すきなんですよ」
あの日は怠惰ではなく善意と見栄だったのだと呈するように笑う。
「……勝ちにはそこまでこだわらねーけど、勝ち負けがつくことはしてーか?」
「隊をもとうと思う」
麻雀部屋でいつものメンツにそう宣言した諏訪に、冬島・東・太刀川・の面々はとくに驚きの声をあげることもなく、それぞれ相槌を打った。「こうなると思ってましたよ」というような空気にそこはかとなく諏訪は居心地の悪さを覚えたが、逃げずに言葉をつないだ。
「ひとり、銃手も捕まえた」
「行動がはやーい」
は最近のお気に入りだというレモンサワーの缶を口につける。
「隊ごとまるっと、中軸っつーか、戦況を調整できる存在、みたいなイメージで」
銃手である諏訪プラス、バランスよく攻撃手などを入れるという選択もあるだろうが、あえて同じポジションの中距離の人間と組もうとしているのだ。諏訪がボーダー全隊においての自分の隊の立ち位置を考えてみたうえで言っていることが、成人組には想像がついた。太刀川は小首をかしげたが、実際に闘ったり防衛任務についてみれば、諏訪の言わんとすることを感覚で理解することができるだろう。
「嵐山みたいにはなれねーと思うけど、あいつは役柄、前に出ざるを得ないときもあるだろうし、逆に下がらなきゃならねーときもあるだろうからな」
あれだけ有名になってしまった男だ。一般の隊員以上にその言動は注目を浴びる。より身軽に動ける年齢の高い、入隊歴の長い人間として、自分を戦況に配置することを検討しているようだった。
「俺ひとりでその役割ができるとは思わねー。だから、俺と同じような立場で、かつ違う視点で、戦況をみれる奴がいたらいいかなと」
「いいんじゃないか」
東が頷いて、冬島もうんうん、と声を出した。
「オペいねーと隊の申請できなくねー?」
太刀川の間延びした声に諏訪は、ちゃんとモノ言えて、でも周りもみれる、サクッとした感じのやつが今んとこ見当たらない。そういう人間はすでに隊に所属しているからな、と現状を伝えた。物怖じせず萎縮せず、おそらく自分よりかなり年上である諏訪に意見できるオペレーターは簡単には育たないだろう。そもそもの気性の面も大きそうだ。
「それはそれとして、だ」
諏訪はひとつ息をついて、目の前で煙草に火をつけ、席を立とうと両足に体重をかたむけた女に目を向ける。
「あとは、さんが入ってくれよ。チームコンセプトにぴったりな人材だよ、さんは」
とつぜん名指しされたは、口から煙草を離して煙をはく。
「……は?」
聞き慣れた悪態が鼓膜に響いた。