07

To see it rain is better than to be in it.

※04の夢主視点


 焼肉を食べに行った。わたしはもうカルビを食べると胃もたれがするけど二郎くんはよく食べた。まだ身長が伸びるんだろうか? 成長期の男の子、というものを身近に感じたことがない。あるとすればそれは小中高生時代の同級生だけれど、わたしは彼らの背が高くなってゆくことに気がついていただろうか。同時に、自分自身も多少なり伸びていたからあまりインパクトがなかっただけかもしれない。
 映画を観に行った。アクション映画をチョイスしたけど二郎くんはヒューマンドラマも観たそうだったので、翌週それも観に行った。人前で、ましてや年下の男の子の前で泣くなんて、と思ってたけれど、わたしがいざほんとうにハンカチを握りしめたときにはもう、二郎くんが鼻をすすっていたからどうでもよくなった。
 近所の気になっていたけれど行けていなかった喫茶店に行った。二郎くんが無理してコーヒーを飲もうとするのをわたしは止めなかった。そのうちおいしく飲めるようになってくれたら、またどこか───なんて、呆けたことを考えていた。
 サッカーを観に行った。これは二郎くんがプレーしているのをわたしと一郎くんで。ちょっと夫婦が子どものそれを観に行く感が否めなかった。もちろんわたしが父である。トイレから戻ろうとしたら、強面グラサンのガタイのいい派手な身なりの男に声をかけられた。コンビニで買ったと言うビールをなぜだかふたつくれた。当然、一郎くんと開けた。
 お花見をした。わたしの友人も連れて山田三兄弟と。金曜の夜に、二郎くんとふたり、ライトアップされた桜を見て歩いていて、自分の好きな人たちを無責任に寄せ集めて見られたら素敵だと思ったのだ。友だちは、まさかバスターブロスのメンバーが勢揃いしているとは知らず浮き足立っていたのもつかのま、ここに彼らがいるのには依頼料が発生しているのか? いくら払えばいいのか? と怪訝な目をわたしに向けた。
 釣り堀に行った。麻天狼の独歩さんも一緒。二郎くんはじっと待てないのではと思ったけど意外にもその時間を堪能しているようだった。独歩さんと仕事の話をしていたら除け者にされている、と二郎くんはぶーたれていた。おもしろかったので、やめなかった。

 そういうわけで、金曜の夜は一晩の休息を挟んで土曜の昼から夜に延長されることが増えた。

 そして、その日は美術館へ誘われた。
 彼は美術というかデザインをされたもの───デザインされていないものなど、つくられたものにはないけれど───が、すきなのだそうだ。ついでに、みる、とか飾る、だけではなく、それが日常において活用されているものが、よりいいらしい。だから絵画なんかを鑑賞することよりも、建物の設計とか、そういう展示がすきみたいだった。展示内容よりもその展示の方法に興味を示すこともあった。
 わたしももちろん、それらをみるのはすきだけれど、二郎くんは自分の手でつくることに興味があるようだった。繊細な子なのだと思う。そのゆれ動く気持ちを表現する方法がどストレートなだけで、そこにいたるまでたくさんなことを感じて、昇華している。二郎くんが、というよりは思春期というのは概してそういうものだったような気もするが、ちょっと昔すぎて忘れた。

 だから、とつぜん、なんの脈略もなく面と向かってすきだと言われたときには息が詰まった。
 どうして今なのかと、聞いてみたかった。二郎くんの感覚をわたしも理解したいと思ったからだ。でもそれを聞いてしまったらわたしは後戻りできないと思った。だから、わたしもすきだと言った。通りすがりのような声で。
 すきなのは、ほんとうだった。きらいなわけがない。でも、わたしはその先というものを上手に考えられなかった。そんなことをまさか、考えられなかった。ただ後先を考えずにすきなひとと、ただ一緒にいる、というのはひどくしあわせなことだと思う。知っている。でも、わたしはいつかそれがなくなる可能性もよく知っていた。それを二郎くんは、知らない。


 わたしたちは付き合おうという言葉を交わさなかった。わたしたちは約束を取り付けるのがいつも致命的に遅い。二郎くんは手すら繋いでこなかった。言葉なく、するすると進んでゆく関係もあるけれど、二郎くんにその才はなかったし、わたしにはそれをのらりくらりとかわせるだけの経験があったというわけだ。

 内示が出ていた。営業部への転属。さらにはそれは海外。ひとりで生きていくため、お金を稼ぐため、転属希望を出したのは、わたしだった。わたしだって愚行に出る前に、もがいたのだ!
 ちなみに、萬屋ヤマダへは当初、ただ話を聞いてほしい。という依頼で向かおうと思っていた。金を支払い、その対価に話を聞いてもらう。それはわたしのプライドを守ってくれる砦だと思った。結婚・子ども・家を建てる、などと着実にステップアップしてゆく友人たちにとって、わたしの失恋話などライフステージが明らかに異なる。恥ずかしかった。いまだにそんなことに泣き喚きたい自分のことが。
 それで、いろいろやってみたうちのひとつが、環境を変える───異動願いを出す───ということだったわけだ。まあ、それは結構前のはなしであり、何を今更、とも思ったし、ちょうどよかったかなとも思った。それはどちらも、二郎くんの存在が呼び起こした感情だった。

 それならば、デートらしいデートを最後にできたらいいと思い、エノシマへ連れて行ってほしいと、二郎くんに頼んだ。
 わたしはあの人と最後に会った日に着ていたワンピースに袖を通した。二郎くんはそのワンピースに見覚えがあったようだけれど、二郎くんとはじめて会った日にはこれを着ていなかったはずだ。だって、あの日以来着ていないのだから。
 そう言い返してもよかったけど、ムキになる必要もなかった。かわいく見えるなら、よかった。

 わたしのことを忘れられなくしてやりたいと思ったのだ。でも、どこか、諦めても欲しかった。彼の未来、ひいてはわたしの未来のためにも。本気でないなら、最初からわたしは二郎くんを、もてあそんでいればよかったのだ。雑に彼を扱って、わたしがいつか誰かにされたように、傷つけたらよかった。
 それでもわたしは二郎くんのその目には勝てない。そんなことはできなかった。彼をわたしだって、ひとりじめしてみたかった。わたしだけを、みていてほしかった。それは愛情ではなくてただ優越感や独占欲だったかもそれない。自分の二郎くんへ抱く感情に自信がなかった。でも、本音だった。わたしは二郎くんのいろんな表情をそばでみていたいと思うのだ。そこに愛の言葉があるないにかかわらず。
 今、手を繋ぐということがどういう意味を持つのかはわかっていた。待っていてほしいという、二郎くんのその言葉に、やっぱり拘束力はない。そもそもその言葉は定位置から離れる側のわたしが言うべきことではなかっただろうか。
 もう、どちらへ転ぶかはわからない。待っていてほしいと言う側と待つ側は、どちらがいいのだろうか。そもそも、待つとは、なにを待つということなのだろうか。
 そうして、わたしはそれを、二郎くんに問いかけない。言葉が足りない二郎くんを都合よく利用する、ずるい大人だ。