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 廊下の奥にの背中が見えたから追いかけようかと思った時には、もう姿がなかったと言って笊に載せた豆腐を私に差し出す兵助は心底不満そうだった。

 なんだ、一応学園内にはいるのか。

 見合いについて冷やかしの一つでも言ってやりたかった三郎だが、と顔を合わせて話すという時間を持てていなかった。三郎が、というよりは五年が、といったほうが正しい。雷蔵は、そういえばここ数日見かけることがないなと定食の皿を片付けながら首を傾げた。そもそもと雷蔵が行動を共にすることは多くないが、雷蔵は本格的に避けられているのだろう。かくいう三郎もその一人だった。もちろんが居座っていそうな図書室や毎朝歩いていた散歩道などは覗いてはいるが成果は得られず、およそ二週間が経過していた。

 頼みの綱であった生物委員会所属の八左ヱ門も、は暫く委員会も休んでいると言っていた。木下鉄丸曰く、別件で忙しいのだということだった。そうは言っても孫兵が毒虫を逃したと喚き散らしていた時にはどこからかが現れ探して連れてきてくれたと、孫兵が目を細めていた。まあ、ちゃんと生きてはいるらしかった。

 隠法に遁法。はいやにそういうのは上手い。付き合いの長い三郎たち五年相手であれば尚更、行動の予測もつき策に嵌めやすかろう。元よりは真っ向から戦うということを想定していないのだ。の”一人で生き抜けるように”というのは、隠れて逃げる、そういうことなのだ。

 とはいえ、ここでを褒めていても仕方がない。

 生存しているならそれで良し。さては、どこかで大きな忍務を任されたのではないだろうか。そうであれば当然機密事項、三郎たちが知る由もない。しかし、そうではないだろうと三郎の勘が告げていた。三郎は自分の勘を過信し過ぎる面があるにはあるが、この際それは置いておこう。それはそうだとしても、それでも、三郎は自分がを探す必要もないのではないだろうかと思う。理由が見当たらない。いつも手元にあったものがふと無くなってしまって、手持ち無沙汰になっているようなものなのだろうか。そのうち、無いことにも慣れるのだろうか。

 教員長屋を訪れ、実際のところどうなのかと三郎が問えば山本シナはホッホッホと笑うだけだった。まじまじとその目を見るが、どうやら決して愉快というわけではないらしかった。貴方を待っているのではないだろうかと、いたずらっ子のように舌を出した若い女の顔より、老婆の顔のほうが安心感は覚えただろう。それから、待っているのは貴方のほう、かしらね。と、文字通り意味深な言葉を言い残して消えたのだった。




 着物が燃やされていたと、八左ヱ門が控えめな声で言った。それはが見合いの前に、八左ヱ門に見せた着物に違いないらしかった。なんだ、私も見たかったが。などとは三郎も口に出さず、八左ヱ門から追加で聞いた見合いに至った経緯に基づいていくらか考えを巡らしていたが、どれもあまりよい光景にはならなかった。

「利吉さんが媚び売りたくて、を売ったんだろう」
「売ったって……利吉さんがそんなこと、するか? 父親の職場の生徒相手に?」
「それで金もらってんだから、しないということもないだろう」
「そうだとして、だったらどうする?」
「どうもしない」
「そうだよな、俺らにできることなんて、ないよな」

 そうではなかった。
 山田利吉がを紹介した城は、問題ではない。利吉の商売の問題なのだ。利吉が贔屓にしている城に対して三郎が何かをしたことはないが、その城の不利益に繋がるであろう城と三郎は深く関わりがあった。が危険な目に遭えば、三郎が件の城に意識がいき、一時的に手薄になるのではと考えた結果なのではないだろうかと、思い当たったのだった。それだけ三郎のことを利吉が高く評価をしているのは、三郎にとっては有難い話ではあった。

 しかし、そうであれば尚更、利吉への報復という観点からしていえばこのまま三郎が忍務を遂行することこそであろう。もっとも利吉のことなので他に狙いがあるのかもしれないし、ただ本当に媚びを売りたかっただけかもしれない。

 報復。それを三郎がのためにする必要があるのか。それを検討し直すことはもうしないようだった。

 言わんこっちゃない、という半助の声が聞こえたような気がして、三郎は虫を払うように頭を振った。