02
「、雷蔵は?」
「……知らない」
そう。 心底つまらなさそうにつぶやいて不破雷蔵の顔をした鉢屋三郎は鏢刀を真上に回転させながら投げて、落下してきたそれを掴むことを繰り返す。その動作に何も意味がないことがには解っていた。
雲ひとつない青い空に誘惑されて、は一人で仰向けに寝転んでいた。井戸のまわりで一年は組の子たちが水遊びをしている。確かに、ここ最近ですっかり暖かくなった。毎朝布団から出られず二度寝三度寝を繰り返し寝坊して山本シナにこっぴどく叱られる冬が過ぎ、もうすぐ桜が咲くのだろう。
「危ないからやめなよ。下級生だっている」
「私が誰かに怪我をさせるヘマをするとでも言いたいのか」
「……忍びの三禁」
横目で三郎を制すと、三郎は観念したように両手を顔の高さまで挙げてため息を吐く。
「へいへい」
手遊びを禁じられ、すっかり手持無沙汰になってしまった三郎は、さも当たり前のようにの横に寝転んだ。
入園初日から、幼なじみの雷蔵の顔、正確にいえば至極雷蔵にそっくりな顔を引っ提げていた三郎は、にとって恐怖そのものだったし、当時これでもかと言うほど人見知りをしたわけではないのには、雷蔵の後ろに隠れて、雷蔵のような人を遠ざけた。あれは雷蔵ではない・じゃあ雷蔵の兄弟か・でも雷蔵には兄弟はいないはず・私の知らない雷蔵の事情なのか―――三郎の口から「私は変装が得意なんだ」という台詞が出てくるまでの数秒間、十才のは十才なりに、なかなか葛藤することになった。結局5年前のあの日から、時折違う面を拝借してくるにしろ、基本的に三郎は雷蔵の顔をしたまんまだ。
「ここを卒業するつもり?」
三郎が言う“ここ”は忍術学園を指すのだろうな、と井戸に落下していったしんべヱと、それを助け出そうと奮闘している後輩たちを見つめながら把握したのと同時に、早朝に結婚を機に学園を出ていった同学年の女のことを思い出した。三郎もそれを知っていたのだろう。もはや遠い記憶のようだった。
「今のところ結婚する予定も、逃げ出す予定もないからなあ」
ふうん。 一刻前、雷蔵の居場所を問うてきて、返答した時の反応と同じ音程で言うもんだから、文句の一つでも言ってやろうと、横を向くと無表情でこちらを見つめていたので出鼻を挫かれた。
はあ。 とは大きなため息をつくと、また仰向けに体勢を戻す。それと同時にすくっと三郎が立ち上がるのが見えたのでゆっくりと瞼を閉じた。おおよそ、今にも泣きだしてしまいそうな一はの子たちの手助けに行くのだろう。三郎は下級生のことがとても好きだからなあ、なんて呑気なことを考えていたがために、覆いかぶさる気配に気が付くのが遅れた。瞼を開けた時にはすでに三郎の(雷蔵の)顔が目の前にあって、唇にはやわらかい自分の物ではないものが重なる感触があった。
「隙アリ」
泣きだしそうなのはのほうだった。