16

ガールミーツボーイ

「諏訪さん、弟子にしてください!」
「銃手が攻撃手の弟子なんぞとるわけねーだろが」
「諏訪さんみたいになりたいんです!」
 模擬戦ルームのフロアで押し問答をくり広げる男女の姿はほかの隊員にとって物珍しいものではほとんどなくなっていた。だからだれもそのやりとりを気にとめない。いつもの代わり映えのない本部である。

 Wショットガンがかっこいい。金髪がかっこいい。くわえ煙草がかっこいい。わたしもああなりたい! と切に願ったが、現実は無情であった。トリオン量がその火力へ露骨に直結する銃手というポジションはわたしには適性があるとは言えなかったし、わたしの両親は金髪にしたら卒倒するだろうし、戦闘体はまだまだいじってもらえないし、未成年の喫煙は法律によって固く禁じられている。そういうわけでわたしはココアシガレットをくわえた攻撃手としてボーダー隊員の道を歩むことになった。でも、ココアシガレットはじゃまで、気がついたら食べてしまっている。育ち盛りはこれだから困るのだ。ココアシガレットはけっしておいしくはない。




 昼下がり、ラウンジ横の掲示板に告示が張り出されているのをみて、わたしは目ん玉が飛び出そうになった。手に持っていたオレンジジュースのパッケージはわたしの握力でひしゃげて、目は飛び出ずとも、ストローから液体は飛び出た。その勢いで廊下を全力疾走して、わたしは諏訪隊作戦室に飛び込んだ。

「なんで攻撃手入れてるんですか! わたしがいるじゃないですか!?!?」

 それはそれは、思いの限り思いの丈を叫んだ。
 そう、諏訪隊の隊員一覧に笹森の名が連なっていたのだ。よりによってわたしと同じポジションなんて。しかもクラスメイトだ。そんなのあんまりだ。弟子にはしてくれなくても、当然隊には入れてもらえるとばかり思っていたわたしは悲しいというより恥ずかしく、そしてムカついた。諏訪さんに対しても笹森に対しても。
「おめーはまだC級だろうがよ」
「待っててくれてもいいじゃないですか。あとほんの数百ポイント……」
「あちらさんは待ってくれねーからな」
 あちらさん。トリオン兵のことだ。ぐうの音もでないとはこのことか。齢16にして知る。うなだれるわたしの肩をぽんと叩いて、諏訪さんは作戦室を出て行った。なぐさめのつもりだろうか。情けない。そう、やっぱりわたしは自分の力のなさにいちばん腹が立っていた。

「お疲れさま」
「堤さぁん……」
 隊室には笹森も小佐野先輩もいなくて堤さんとわたしのふたりきりになった。
「まぁ、ちょっと座ったら」
 堤さんがソファを指差してわたしに休息をうながす。たしかにわたしのこの熱を鎮めるには時間ができるだけ必要だった。ぼふ、と間抜けな音とともに、腰を下ろす。握りしめていたパックを思い出して、そっと麻雀卓に置いた。ジュースに罪はないのだ。
「なにも諏訪さんみたいになりたいっていうのは、散弾銃を二丁もつとか、同じ隊に所属するとか、そういうことじゃないだろ?」
「うーん……まぁ、そうですね」

 正直なところ、もうよくわからなくなっていた。はじめて諏訪さんたちのランク戦をみたときに、ぐっと来たのだ。その戦闘スタイルにあこがれを抱いたけれど、わたしにそれはできない。それならば少しでも近くにいれば、なにかそういう気性とか心構えとかくらいは浴びて、自分もそんな心もちになれるのではないかとは思っていた。
「諏訪さんも弟子は勘弁とは言ってるけど、よろこんではいるよ。現に風間さんや寺島さんにも声をかけてもらっただろ?」
「はい……。風間さんにはたまにお相手してもらっています。寺島さんはレイガスト使えってうるさいだけですけど……」

 風間さんはわたしのようなよくもなく悪くもなく、平々凡々なわたしのためにハンデをつけて訓練に付き合ってくれることがある。そりゃあ、わたしだって攻撃手のはしくれだ。風間さんなどという雲の上のような存在の人が時間を使ってくれるなんて、ありがたい話だし、それが諏訪さんの手回しであることくらいうすうすわかっていた。寺島さんも、元攻撃手だったというし、弧月かスコーピオンかといまだふらふらしているわたしにアドバイスのひとつとしてレイガストを勧めてくれているのもわかっている。これも、諏訪さんの差し金だろう。寺島さんのエゴもあるんだろうけど、たぶん、わたしにはレイガストが向いているのだ。でも、それではわたしのあこがれの諏訪さんのような勢いがさらになくなってしまうではないか。それにあんなの、村上先輩くらいにしか扱えないから使い手が少ないんじゃないのか。
 ──そんな話を聞いてもらった人が、すでにいたことを思い出す。

ちゃんにも言われました」
 今のあなたの性格にあったことをしたらいいんだよ。諏訪洸太郎のような闘い方をする人をサポートする、というポジションがあってもいいじゃない? 攻撃は最大の防御とはいうけどね、とうぜんしっかりした盾があれば自分だけでなくまた誰かもまもれるんだよ。あなたはそういう闘いをしたそうに、そしてそれが得意なようにみえたけど、ちがったらごめんね。

「──そう、言われたんです。……自分にはできないことだから、あこがれるんですよね、要するに」
 ちゃんに言われたことを思い出しながら堤さんに話すと、少し自分の気持ちが落ち着いて、輪郭がおぼろげながら見えてきた。堤さんは目の色を変えないけれど、口元をゆるめているのがわかる。
ちゃん、わたしだけのことを見ているわけじゃないのに、お見通しって感じですね!」
さんはC級を目でもみているし、データでもみているからね」
「たいへんですよね」
さんも、自分の理想とする自分に、近づこうとしたり、でも自分らしさを認めようとしたり、葛藤があるみたいだから。いや、もう過去形かな?」
「……そっか。だからわたしのことが目に入ったんですかね」
「そうかもしれないね」
 諏訪さんという破天荒のような闘い方ができるような自分になりたかった。それは、今のわたしがそうでないからだった。引っ込み思案で、自信がなくて、でも諏訪さんに近づきたくて。わたしはがんばって諏訪さんに話しかけたのだ。そうしているうちに、こうやっていろんな人たちとも喋れるようになった。諏訪さんにはなれなくても、いっしょの隊で働けなくても、それをきっかけに自分が行動できたことはなによりもの財産なのだろう。この経験を活かして、自分がいちばんかがやける、力を発揮できる方法を、ちゃんと向き合って探さないといけないんだ。
「わたしも、見つけられますかね? わたしらしさを」
「うん、きっと」
「あーあ。狙撃手を入れるとかだったら、まだよかったです!」


 堤さん、ありがとうございます! ──そう頭を下げ、べこべこのパックをつかんで、しっかりとした足取りでランク戦に戻っていく小さな背中をみて堤は思う。
 ──まぁ、諏訪さんが、さん以外の狙撃手を入れるなんてことはしないだろうな。
 それくらいの私情ダダ漏れの隊長のわがままは、目をつぶってやりたいと思うのだった。