スコープの向こうの三白眼と目が合って、わたしは死を意識した。どくん、と心臓が波打って、突起にかけていた指を咄嗟に離していた。
二階席や三階席に点在しているオペラグラスが、照明に反射した光に向かって、舞台役者がファンサービスをすることがあるらしい。レンズ越しにびしっと指差ししてもらえたり、ばちっとウィンクをしてもらえたり、ちゅっと投げキッスをしてもらえたり。残念ながらここは舞台ではなく、仮想空間だし、わたしはビルの屋上にいるからわたしのほうが見下ろしてるし、諏訪はこれといった動作をすることなく、ただ、いつもと同じ顔でそこにいて、ほんの数秒、こちらを見据えていただけだった。
諏訪の散弾銃ではわたしを捉えられないし、諏訪隊にスナイパーはいない。笹森はすでに落とした。他所と一時的に組まれるような状況でもない。よって、ひとまず安全である、とまで弾き出してからわたしは、そもそもほんとうに目が合ったのか? と首を傾げる。観劇用や観戦用のオペラグラスとは違って、戦闘用のこれには反射防止のアタッチメントもついている。
まあ、念には念を、だ。わたしは視線を外し、銃口を下ろして、固く冷たいコンクリートに伏せた。
八月最後のランク戦は、取り立てて言及することもなく、大どんでん返しも起こらずに滞りなく終了した。
帰ってこれから食事をつくるのも億劫なので、軽く済ますために購買に向かったが、諏訪の背中を出入口に見つけて、一歩後退りしていた。ぎくり。今まで諏訪を見かけて、そんな反応をしたことはないのだけど。
気を取り直して、お疲れ、とその肩を叩く。
「おー、お疲れ」
間延びした声は、いつもと変わらない。諏訪かわたしを感知して開いた自動ドアを、諏訪の後に続いてくぐった。
同じ考えなのであろう諏訪と、丼やサンドイッチが並ぶ、店の端っこの棚まで横並びで進む。少し頭を持ち上げて諏訪の口元で遊んでいる煙草に、ピントを合わせた。そわそわと、ふわふわと、胸が浮く。
「なんだよ、そんなに見んな」
べつに諏訪のこと見てたんじゃないもん、などとわざわざ否定することはせず、ほとんど空になっている棚を目先だけで物色する。ただでさえあまりない食欲をそそってくれるものは見当たらない。
「おい」
「なに」
「メシ行かね? つーか、飲み?」
「今から?」
「そ」
「ふたりで?」
「おー」
「まあ、いいけど」
何系? と、さっそく棚の前で立ち止まったままスマホをいじる、その横顔をながめる。わたしと違ってきれいな鼻筋は、その高さ故に少し日焼けしていた。
圧倒的に複数人で行く機会のほうが多いとはいえ、諏訪とサシで飲みに行ったことは数える程度にはある。今日もこうして出会ってしまったのがわたしだった、というだけの理由だ。いつも通り。
「なんなんだよ」
今度はちゃんと諏訪本体を見ていたわたしの視線を感じた諏訪が、不服そうな目をしてわたしを一瞥する。
諏訪が先刻のランク戦について何も言わないのは、何もなかったからなのだろう。それなのに、わたしはちゃんと確かめないことには、すっきりしない。なんでもすぐに白黒つけたがる、堪え性のないわたしは、スナイパーには向いているとは言えない。
「……ねえさっき、わたしのこと見てた?」
「は? いつだよ、さっきって」
「いや、なんでもない。忘れて」
じゃあ、撃っときゃよかった。と思ったのは、なんだ、違ったんだ。と、盛大なため息をつきそうになった後だった。あまりにも大袈裟に感じる落胆に、わたしはまた言いようのない違和感を覚える。
「さっきがいつかは知らんけども。……見てねーときのほうが少ねーよ」
まだ暑いしお刺身かな、と希望を伝えようと動かしかけていた唇をきつく結ぶ。
けっして浅くはない関係性を築いてきた諏訪が、わたしの性格を知らぬわけもない。
視線を上げずに諏訪がつぶやいた言葉が、夏の湿度のようにじとりと、にじり寄ってくる。