唐揚げ屋の前に唐揚げ屋ができたのは、なぜ?

 ファミマの前にファミマがあることあるだろ。あれは対向車線に他のコンビニがあってそちらに人を取られるくらいなら自店を置いとこ。という話らしい。別にセブンの前にセブンでもいいが。吉野家はマックがある場所は売れるということでろくに立地調査をせずマックの近くに店を出すらしいぞ。マックがすでにその調査をやってくれているというわけだ。いや、逆だったかも。もはや松屋と吉野家だったかもしれんが、とまあそんなわけで唐揚げ屋の前に唐揚げ屋ができたのはこの合わせ技なのではないかと予想する。

 同じゼミのの問いかけにそのような見解を示したところ、彼女は「よし」──正確には「吉幾三」と昭和な掛け声だったが──と膝を叩いて席を立った。それが先週のゼミ終わりの話。
「諏訪のおかげで受かったわ」
 ここからは今週のゼミの前の話。
は水の滴るビニール傘を講義室の出入り口の傘立てに突っ込むと、俺が肘をついている三列並んだうちのいちばん奥の長テーブルの前にイスを転がしてきて俺に向き合う形で座り、そう言って笑った。なんの話かと思えば、新しくできたほうの唐揚げ屋の面接に受かったということだった。
「その商売根性が気に入った、と話したの」
「そんなヤバい奴を俺は雇いたくないけどな」
「嘘よ」
 喉から手が出るほど人材が欲しかったのでしょう、と至極真っ当な意見を述べたと俺の関係はまだ毎週1回90分のゼミでしか成り立っていなかった。唐揚げ屋の話をされたのが初回。そして彼女がバイトの面接に行って受かったと報告されている今が二回目だ。
「お礼をさせてよ。諏訪、タピオカはすき?」
「なんでお礼の品なのに決め打ちなんだよ。ってかそこは唐揚げでいいだろ」
「じゃあナタデココは?」
 話を聞かない女らしい。唐揚げとか言うから腹が減ってきたじゃねえか。いや、言ったのは俺だった。ってかお礼ってことは、やっぱ話したんじゃねーかよ。
「流行って廃れたもんばっかだな」
「そうね」
 教科書の類が到底入りそうもない小ぶりなショルダーバッグからはプラスチックの容器に入ったティラミスを出してテーブルに置いた。すでにお礼の品は用意済みであったということらしい。おそらく大学内のコンビニで買ってきたものだし、しかも、今までの問いかけには関係のない代物だ。
「流行って廃れなかったの、ティラミスだけ説というものがあります」
「聞いたことねーよ。ってかティラミスってタピオカ的なブームがあったもんなのか?」
「らしいよ。今やすっかり定番デザートだけどね」
 チャイムと同時に几帳面な教授が入室してきて、周囲のお喋りも収束に向かい、ひとつ前の長テーブルまでお尻を離さずにイスを引きずっていく彼女の丸まった背中を見送った。高い位置でひとつにくくった髪の毛がゆれる。湿気に抗えなかった頭頂部のアホ毛がいやにかわいらしく見える。
 ──廃れない、一過性でない関係を望みます、ってか? さすがに都合よすぎか?
 その解釈の正誤判断を後押しするかの如く窓を叩く雨音が強くなったのを背面で感じている。