会社の同僚女三人でいくつかの居酒屋が連なっている横丁のカウンターの一角で何杯かビールを飲んで、日本酒に切り替えたところだった。
「いっしょに飲んでもいーい?」
 ここは有名なナンパスポットだ。サイドからかかった声のほうに、三人それぞれ視線を寄越す。ふたり、同世代らしいスーツ姿の男が立っている。巷はクールビズ。ワイシャツだけでジャケットとネクタイはない。三人でひっそり視線を交じわらせ、一瞬ひとりの唇がとがった。GOの合図。われわれはナンパ待ちだった。とはいえだれでもいいわけではないから、無言のチェックが入り、意思疎通がとられる。仕事中にクソ上司の発言を顔だけで往なすときと同様の団結力だ。
 三対二では数が合わないが、今日のところはしかたがない。いつもよりお眼鏡にかなう男が引っかかるのに時間がかかった。人数を合わせるくらいの気遣いはしていただきたいものだけど、多い男のほうからしてみれば知ったことではないだろう。今日はわたしは盛り上げ役に徹させてもらう。なぜならふたりの顔はまったくタイプでないからだ。
 店員に声もかけず長テーブルにお箸やお皿、おしぼり、徳利を移動していれば、「あれ、
 聞き覚えのある声で名前を呼ばれて振り返る。見覚えのある泣きぼくろのかわいらしい顔があった。
「菅原」……は、今夜ないし今後の晩の付き合いだけを求めて夜の街で声をかけたりはしないだろう。案の定、わたしの同僚にお酌をしている連れ合いたちの勝手な行動に、呆れた声をあげた。そう、この人たちは学校の先生なのね。職業を当てたりするのも結構たのしいのに、盛大なネタバレを食らってしまった。
、なんで返事くれないの」
 横丁に派遣されているマジシャンの男が、各々席に着いたわたしたちを見計らって菅原の同僚に声をかける。マジックに興味を示さない菅原は太いまゆげを下げて、わたしに問いかけた。
「……元気」
 うそ。覚えている。数か月前の土曜日の夕方あたり、たしかに[元気?]と菅原からメッセージが入っていたので、わたしは返事をした。……自分の心のなかだけで。
「見てのとおり、元気だよ」
「今返されてもな」
 おどけて両手を上げれば、菅原もおおげさにため息をついてジョッキを持ち上げた。
 ふしぎなもので、男友だちというのは妙なタイミングで連絡をよこすものだった。菅原に限ったことではない。SNSをフォローしあっている女友だちにはつねに日常を垂れ流しているから、そういうことは起こらない。なにかがあったことを知ったからこそ、連絡をくれるのだから。
「もっとなんか、送ってくるなら返事しやすいことにしてよ」
「いやいや、めっちゃしやすいべ?」
 ワアッとわたしたちの同僚が声をあげる。マジシャンの手元のスプーンがまがっている。めちゃくちゃオーソドックスなことをやっていたのね。
「……じゃあなんて連絡すればいいのか、教えろよ」
 [元気じゃないよ]。そう返ってくるのを想定していないから、元気? などとのんきなことが聞けるのだ。元気じゃないと言われたら、困るだろう。でも、[元気だよ]。そう返したらうそになってしまう。そのうそに、文章では到底気がついてもらえない。察してもらえないうそには、なんの価値もないのだ。
「教えるのは、先生の仕事でしょ」
 男が差し出したハットに、菅原の同僚がお札を入れている。ねえ、教えてよ。どうして連絡をくれるのか。どうして返事がほしいのか。わたしに教えて?