グラウンド側の窓際、いちばん後ろの席。は机に日直日誌を広げていて、俺はその前の席で窓を背に足を組み、その提出準備を待っている。
 「まぶしい」となかばキレながら数分前にが乱暴に閉めたカーテンの隙間から残日が白い紙を細く照らす。
「百歩譲って、乳輪とVIOはわかる。敏感だから。だけど、指の毛は? なにからわたしを守ってるんだろうって思う」
 左手をグーにして第三関節をまじまじと観察している。かろうじて握っていた右手のシャープペンシルも日誌の上に落とされて、は指の毛のある部分──生えているのか生えていないのかはこの距離ではわからない──をこすった。
「思わない?」
「品がない」
 恥じらいを失った女なんて、終わりだね。
 乳輪。VIO。およそ男に向かって発する単語ではない。VIOって普通の男はどこのことかわかるんだろうか。女の子のことをよーく知っている及川さんだから女友だちみたいに理解してあげられるんだよ。
 そもそも女の子同士でもあけすけに話してほしいとは思わないけど、男の子はその単語からその場所を想像して、たのしむことだって、やろうと思えばできるんだ。
「今からそのおっぱいの毛とやらを確認してあげてもいいんだよ」
 俺らのほかには教室にもうとっくに生徒はいない。廊下を歩く人もまばら。教室の真ん中で押し倒しちゃえば見えないんじゃないかな。もしくは教卓の陰とか。カーテンの裏だとほら、まぶしいって文句言われるだろうし、外から丸見えだから。
「たまには下品な女とあそんでみたくなった?」
 指をながめることに満足したのか、頬杖をついてこちらをみている。
 手の甲で押し上げられたほっぺたが片目をほとんどつぶしてしまっていて、ぜんぜんかわいくない。そういうのは、もっと相手によく思われるようにやるもんなんだよ。
「冗談。岩ちゃんとよろしくやっといて」
 シッシッ、と片手を振って共通の友人の名前をあげれば、は手から顔を離す。

「……い、岩ちゃんは、今関係ない」
 今の今までどこかへ忘れさられていたはずの恥じらいがのぞくその頬や目の動きに、腹の底からため息がでる。
 冷めた空気がとつぜん生ぬるくなって、これまでの言葉のやりとりがいかに価値のないことだったのかをいやというほど肌で感じた。
「二重人格なの?」
「恋する乙女なの」
 思いっきり息をすって吐き出そうとすれば、うーん、とか、ふーん、とか、そんな感じの声が出て我にかえる。
「脱がせておっぱいに毛があったらがっかりしない? しなかった?」
「べつに」
 黒いカスがついたままの消しゴムを胸元に向かってなげる。大きくも小さくもない膨らみに当たって、太ももに跳ね、床に着地したけど、シャツにはそれこそ毛みたいにカスが残っている。
 がっかりしたことはない。そもそも、俺は女の子も男の子と等しく毛のはえる生き物だと知っているし。落胆っていうのは期待をしているからこそ生じる現象だろ。あそび相手はあそび相手である時点から、最初から残念なんだ。落胆しない。
 それに、もしほんとうに好きな相手なら、その毛一本すら愛おしく──我ながら気持ち悪い。却下。
 一つひとつシャツのボタンをていねいに取って、両手でゆっくりブラジャーのホックを外したところで、きっと毛なんて見る余裕、ないね。
「下品なおまえと岩ちゃん。恥じらってるおまえと俺。どっちかなら釣り合うんじゃない? 少なくとも今の組み合わせは異常だね」
「……正常がそんなにいいものだとは思わないよ」
 床に転がった消しゴムをイスからおりずに、屈んで拾い上げようとしている。シャツから黒い点が落ちた。
 あけっぴろげで、顔にもすぐ出て、超絶わかりやすい女なのに、たまにこうやって考えがあるのか、含みがあるのか、よくわかんないことを言う。ほんとうに、めんどくさいったらありゃしないんだ。
 指の第三関節くらい、近くで確認させてもらってもバチは当たんないんじゃないか? とっくに日誌は書き終わっている。