MASK
眠っている。
村上は球場のベンチを寝床にしていた。誰も起こしてあげなかったのか? いや、違うだろうな。早々にお昼をかき込んで、早めにここへ戻って学習していたのだろう。
スコアブックをそっとベンチに置いて羽織っていたウインドブレーカーを脱ぎ村上のお腹にかける。一連の流れのように、わたしは村上の頭がある横に腰を下ろした。
今、村上が寝ているからというわけではなく、寝ていなくても、彼のとなりはとても居心地がよかった。学校でも一時期となりの席に座っていたからこの距離に慣れているのかもしれない。
ただ、いちばんの大きな理由は、彼は陽だまりのような人だからだと、わたしは感じている。そのぬくさにわたしはどうしても引き寄せられてしまう。
しばらくぼうっとしているうちにわたしもほとんど意識を手放してしまっていたようだった。アラーム音が突如鳴り響いて、村上の起床時間を告げた。わたしはさながら漫画のように驚いて勢いよく立ち上がる。ななめ後ろを振り返れば瞼がまだ重そうな村上が起き上がらずにゆっくり瞬きをして、ズボンのポケットに手を突っ込んで音を止めた。
視線だけを動かして自分の体にかけられている布切れに気がついた彼はわたしに向けてお礼の言葉を発する。スコアを持って来たのだと、ベンチに置きっぱなしのそれに指をさせば、いつも助かってるよと、はっきりとしないゆるい声が返ってきたので、わたしはふたたび着席した。
歳の離れた弟の少年野球に熱をあげているプロ野球ファンの両親の影響で、わたしは嫌でも野球に関するデータについて理解が深まった。そうしなければ彼らのわたしへの興味はどこかへ行ってしまうのではないかとすら思い、それはほとんど強迫観念のようだった。
それが、どうだろう。ボーダーに野球部ができたということで、ついに家族間での居場所の確保以外に役に立つ時が来たのだった。そして何よりわたしのスコアをつけられる、という技術はこうして捕手の村上のとなりにいる機会を飛躍的に増やした。
それにしても彼が捕手とは天職だ。与えられたデータを読めばほとんど取りこぼすことなく記憶でき、試合中ですら寝ることさえできれば即時対応できる。そもそも寝なくったって、彼は物覚えのよいほうではないかと思う。それを証明したくとも、彼の副作用がいいことか悪いことか、消えたときにしかできないことだけれど。そうすることができたら、彼はよろこぶのだろうか。
「でも、すぐにわたしは用無しになっちゃうね」
村上はすぐに覚えてしまい上達するから、という言葉があとに続くことを彼は長年の経験から予測することができるだろう。そして、それを彼は悲しむのだろう。わたしもそれをわかっているのに、彼を試すように笑いかけた。
「ならない」
わたしの否定待ちのずるい発言に期待に沿ったことばを返して、村上はゆっくりとわたしのほうへ手を伸ばす。想像していた声よりもずっと鮮明に、わたしの鼓膜にそれはひびいた。
「ならないよ」
手探りで探し当てられたわたしの手のひらに伝わる村上のぬるい温度に、眠気がうつってくるようだった。