君のヒーローになりたい
作戦室に忘れたレポートを取りに戻る道すがら出くわした彼女にちょっと、と手首を掴まれ「取材受けてくれない?」と依頼を持ちかけられる。野球部関連の事情であることは容易く想像がついた。
急造された野球部のメディア対応で本部内は少なからず慌ただしさが漂う。風間隊は隊員三名で登録こそしているが、正直練習どころではなくまだ一度も顔を出せていないのが現状だった。
「もっと若いやつにしろ」
「若くみえるから大丈夫だよ」
「なんだ、個人戦するか」
「もう広報部なのでできません」
ぱ、と手首から手を離し眉を下げ、顔の横で両手のひらを俺に向ける。
弓手町支部でフリーの隊員として防衛任務にあたっていた彼女はある晩「トリオンの成長が完全に止まった。絶賛下降中」とビールジョッキ片手に風間、諏訪、木崎、寺島の面々に淡々と述べた。
けっして彼女が努力を怠ったわけではない。身長の伸びと同様、こちらの意思に反して止まってしまうのがトリオンの成長だった(身長はそうそう縮みはしないが)。
大学で映像学部に在籍している彼女は「根付さんに次の居場所を用意してもらってる」と、しんみりする必要はないとアピールした。
寺島はすでに知っていたのだろう、むしろ彼女のトリオン量を計測したのは寺島である可能性が高い。寺島はこればかりはどうしようもないのだと己の無力さを嘆く様子もなく、木崎は「やはり女のほうが成長止まるの早いのか」ともう何度も話題にのぼっている分析を再度はじめ、諏訪は彼女にジョッキを突きつけ、それを合図に皆がジョッキを持ち上げた。
店を出て三人と別れたあと「今までのお前のすべてがなかったことになるわけではない」と手を取れば、彼女は何度も頷いてその度に強く手が握り返された。
背中を預けて闘うことがもう二度とないというのなら、横でも上でも、まあたまには下にでもいてやる、となけなしの下ネタを吐けば彼女は笑い、終いには涙を流した。それは数ヶ月前の話だった。
「そもそも広報部隊というものがあるのに、こんなのどうかしているだろう」
「唐沢さんがどっかの野球関係のお偉いさんと飲みの席で交わしてしまった約束だそうだよ」
「あの人は酒弱いからな」
「未来のプロ野球選手を間違ってボーダーに入れないようにはしたいねぇ」
才能は正しい場所で使って欲しい、と彼女は近い将来ボーダーにあこがれをもってしまう野球少年たちの未来を憂いた。
「で、取材なんだけど、体格関係なく活躍できるという話に持っていきたくて、蒼也にお願いをしている」
「そうだろうな。別にかまわない。いつだ?」
「次の試合の後がいいな」
「了解」
端末にスケジュールを打ち込む彼女を眺めながら、ふとその手に握っていたはずのスコーピオンのまばゆさがちらついて目を瞑る。俺が感傷を引きずってどうする。
「その代わり、取材のあとは空けておけよ」
「了解。ヒーローインタビューになることと、おいしいご飯とお酒を期待してる」
「任せておけ」
ひらひらと手を振り、ヒールを鳴らして歩く彼女の背筋は伸びている。
今手元にバットがあると仮定して素振りをしてみようとしたが、バットとはどのように握るのが正しいのか。右手が上か、左手が上か。そもそも、次の試合はいつなのか。
知らないことを考えていても埒があかないので、スマホを引っ張り出し通話履歴から歌川に発信した。