不動の四番



 「腹が痛い」と唸ったら、「せめて、お腹と言えないか」と呆れた声がふってきた。「……おなかいたい」。

 本部の出入り口横のトイレ前でついにわたしはうずくまった。そこを通りかかったのがユニフォームに身を包んだレイジさんだ。とてもよくお似合いだ。プロ野球選手だと言っても、そうか! と、皆信じるだろう。
 野球部はこれから試合だという。なぜそんなレイジさんが本部にいるのかといえば、「レイジは本部寄ってから忍田さんと球場来るって」。諏訪さんからそう聞いている。彼はわたしを見つけ立ち止まり「立てるか」と声をかけたのだった。
「ホッカイロとかあるといいか?」
「売ってますかね」
 今は夏だ。季節外れの商品がそのへんのコンビニに置いてある光景は不自然だ。たしかに持ち歩くのによさそうなので、今度から備蓄しておこう。毎月の腹痛に耐え10年弱、考え至らなかったことを恥じたいと思う。
「諏訪隊室にあったと思う。見てく──いや、」
 ──運んでいく。
 そういうやいなや、レイジさんはわたしをひょいっと担ぎ上げてしまう。ひょいっ、じゃないんだよ、ひょいっ、じゃ。


 最終的にロッカーから電気湯たんぽもまで出てきた諏訪隊室にはおそらく冷え性の人間がいるのだろう。それは諏訪さんではないことを祈る。なんか、冷え性の諏訪さんって、ちょっとキモい。充電しながら使うなとタグに記載があったけど通電させたまあるい湯たんぽを抱えてわたしは場所を変え、ふたたびうずくまる。
「もういいですよ、試合、間に合わなくなります」
 今から出ればギリギリ間に合うだろう。恐らくとっくに忍田さんが車をまわして待っている。ちらりと壁にかかっている時計を見やった。
「俺がいなくても控えはいるからな」
「レイジさんがボコスカ打つからなんとかなってるんでしょ?」
 控えつったって寺島さんや諏訪さんだ。そんなのでは戦闘艦と竹槍くらいパワーが違う。それに寺島さんは怠慢プレーが目立つというし、諏訪さんは真面目にやってもエラーばかり。聞く耳を持たない木崎さんはスマホを手に取り電話をかける。相手は忍田さんに違いない。
「吐血とかして急変したりするわけじゃないですし、そばにいてもらっても、してもらえることは……」
「わかっている」
 わかっていない。
 どうせわたしは小一時間後には防衛任務なのだ。試合に借り出されていない人間がその穴を埋める。だからわたしは本部にいた。うずくまっているところを見られた? 否、謀って見せたのだ。わかっていないわけがないだろう、短期的な解決策はあるではないか。今すぐ換装すればいい。
 ──ゆりさんが観にくるんじゃないんですか。
 それでもわたしがそうしないのを、彼は赦す。