瞼を閉じて、開く。そうしてパチパチと鳴る瞼の音までも聞こえる位静かな朝だった。
 左腕には、重力以外の重さが在り、それをまだ寝起きのうっすら霧がかったような脳で確認して、顔を左に傾ける。するとそこには案の定愛しい女が居て、すうすうと寝息をたてている。の髪に指を通す。お世辞にも綺麗だとは言えないその髪は私の指を途中で止まらせた。

「タカ丸君に切ってもらったの」

 そう笑顔で言ったの顔が思い出されて肺がきし、と音を鳴らす感覚がした。
 他人と同じ事をあまり好いていないは、とうとう腰をゆうに越していた黒髪を肩まで切り落としてしまった。そんなの性格は把握していたし、が自分の髪をどうしようと私には関係の無い事だし、私は細かい所まで強制したりするような男では無い。が、それでも私は”斉藤タカ丸”に髪を切ってもらった、というただ一点に結局は腹を立ててしまった。今思えば、それはそれは理不尽な話であった。きっと見ず知らずの髪結いであったなら、私は何も思わなかったのだろう。だが、自分の後輩に、自分の女の髪を触られた、という事がひたすらに気に食わなかった。それも、自分が一人忍務に出ている間に行われた事であったから、尚更だったように思う。自分がこんなに嫉妬深い人間だとは思ってもみなかった否、そういった感情に気付かされる程私がを大切に思っているという事のほうがもっと驚きであった。
 自分があまりにも身勝手な事を言っているというのは自覚しているつもりだった。私はいつだっての事を護ってやることなんて出来ない、いつも傍に居てやる事は出来ない、「離れていても心はずっと共に」、その言葉は物理的攻撃からどう彼女を護ってやる事が出来るのか。出来やしないのだ。私がを縛り付ける事は許されない事だ。私が何もしてやれないのだから、何も言えないのだ。私はただ、が私の帰りを待っていてくれさえすれば、幸せなはずなのだ、そうでなければいけないのだ。それなのに私はなんて無責任な感情をに向けてしまったのか。私は改めて昨晩の自分を悔いた。

 「こへ」
 消え入るような声で名を呼ばれ、彼女の顔を覗くが、相変わらず彼女は寝息を立てたままであった。夢にまで私が出ているのだろうか。どうか、彼女にとっても私が、代えの効かない存在でありますように。これもまた押し付けがましい願いだとは思ったが、先程より口角の上がった唇を見て、ゆっくりと息を吐いた。