Stop them Short!
ナイターゲーム。バックネット裏からファインダー越しに、愛おしいきゅっと引き締まったお尻を捉える。彼がスタメンマスクなんてひさびさなのだ。貴重なそのケツをばっちり撮らせていただく! ケツを、そのケツを、昼夜・場所を問わず拝むために、写真を撮らせてくれっ!
スリーアウトチェンジ。あっ、そうだ、今日はゾエとカゲも撮らないといけない。あと、その他同級生たち。村上はいいケツが撮れそうだが、わたしは同級生のケツなどさして興味はない。さして。さほど。そこまで。ゾエは守備につかないから、こっからだと厳しい。ってか、カゲがショートなんて、監督さんは正気? 体育の授業のソフトとか、ピクリとも動かず球見送ってたじゃん。前に聞いたことがある、耳のいい子のほうが役に立ちそうなのに、なぜに彼はファーストにいる? あの小柄な赤目の子がファーストでよくない? 中学生なんかな? そもそもカゲがファーストで──あっ、カゲがファーストだと、めちゃくちゃ球取らないといけなくて、その分人に見られるからいやなのか。
オワッ、痛烈ヒット! やっぱプロ相手に試合って無理すぎるよねー。なんかめっちゃでかいゴリラみたいな人おったけど、あの人はプロより身体能力高いかもしれん。あっ、また抜け、あ、えっ、えっ、えっ、カゲ、うまっ! すばらしい守備をしちゃったら、熱烈視線浴びちゃうじゃん。大丈夫かな。えー、あんなにキビキビ動けるんだなんて知らなかった。どこ狙ってるとか、わかるのかも。あ、トリオン体というやつだからなのか? ゾエもトリオン体ならサクサク動けるのかも。打撃は生身でもいけそうだけど。
よーし、よし。カゲのいいところをいろんな人に見てもらうためにも、いい写真を撮るぞ。ハッシュタグ残念そこはカゲ、とか流行らせたい。写真は学校でばら撒こうか。でもなんだろう、それはもったいないっていうか、いやマジで普段からそういうかっこいいとこ見せてくれよ! いや、いつものカゲもゥアッッッッ盗塁阻止! 村上のケツチャンス、撮り逃したわ。
売店を横目にゲートから外へ出ようとしたら、マスク姿のもじゃもじゃ頭が視線の端にうつりこみ、ずんずんと占める割合が上がって、カゲは最終的にわたしの横にまでやってきた。
仮にも今までプロ野球球団相手に試合をしていた選手である。しかも、プロ顔負けの守備をしていた人だ。さらに、まさかのボーダーが勝ったのだ。もう少し人目につかないように帰宅してみてはどうだろうか。特殊な能力を持たぬわたしですら、明らかに他人からの視線を感じるぞ。
「あーあーあー、いると思ったわ」
「そりゃ、いますわ」
そう、なにを隠そう、わたしはボーダー野球部のお相手であった某球団のとあるキャッチャー(のお尻)の大ファンである。そのため、かなりの確率で、彼(のお尻)を撮影しに球場へ乗りこんでいるのだ。
「いつもの選手を大人しく撮ってろよ。撮られてんのわかって気ぃ散るわ!」
わたしが首から下げている一眼レフのネックストラップをカゲが引っ張るので、前につんのめった。うお、と突き出した腕でカゲの上半身を押すことになったが、びくともしなかった。体幹すご。今、生身でしょうが。
「人事部を名乗るおねーさんにスカウトされたんだよ。『第一の三年生だよね。あなた目線で同級生を撮った写真を、うちの広報部で使わせてもらえないかな』って。あれ? 人事部じゃなくて広報部だったのか?」
彼女は「インスタフォローしてます!」とわたしに声をかけてくれて、ともにキャッチャーのケツについてひとしきり騒いだあと、そうご提案くださったのだった。フォロワーさんとあっては、わたしだって無下にはできない。もちろん彼女はタダで、なんて失礼なことも言ってこなかった。
頼まれなくても、今日はみんなのこともそれなりには撮るつもりだったのだが、
「ンだそれ!」
と、理由をこうして述べてもカゲはなお不服そうである。
「てか、メディアとか、たくさん入ってるじゃん」
わたしがどうとかこうとかいうレベルの話ではない。プロ球団相手ということで、今日はがっつりテレビやラジオの中継が入っていて、結構な騒ぎになっていたのだ。オールスターゲームのような、不思議で、異様な雰囲気だった。なにより、ボーダーという一組織がこんなに人をドームに呼べる、という事実にも圧倒された。
「オメーのはオメーのだってわかんだよ!」
「なんでよ!」
なんででもだ! などと、答えになっていない返答をするカゲに立ち向かっていたら、横からにょきっと巨体があらわれた。その大きな人ことゾエに声をかければ、返事代わりのため息があった。
ボーダー隊員たちはトリオン体というものを調整して、プロ野球選手の平均並みの身体能力を得て試合に臨んでいると、開始前にボーダー隊員のウグイス嬢が説明していた。だとしたって、疲れるもんは疲れるに決まっている。
「ねー、カゲがね、わたしが撮ってるとわたしだってわかるんだって」
「ほう。それは、それは」
「ねえカゲ、どんな感じなの? ビシビシ? バシバシ? ズキズキ?」
「うっせ! 知らね!」
踵を返して、ふたたび出口へとずんずん進んでいくカゲの背中を、わたしたちは無視する。ゾエはわたしの肩に大きくてやわらかい手を置いた。ノースリーブから出ている肩が、じんわりあったかくなる。
「たぶん、こんな感じなんじゃない?」
ゾエが笑っている。こんな感じとは、どんな感じか。ポンポンとか、トントン、みたいな? 肩を叩くオノマトペを列挙してみたけど、ゾエはにこにこしているだけだし、ちっともわからない。
「帰ンぞ!」
ぷりぷり怒って背を向けたくせに、なぜかまたこちらを振り返ったカゲが叫んで、ピッチャーが振りかぶるかのごとく右腕をしならせている。今にも地団駄を踏みそうである。わたしとゾエは顔を見合わせて笑った。
「じゃ、ゾエさんも人探してるから、ここで! バーイ!」
「は⁉︎ おい、待てって!」
「じゃーね、ゾエ! カゲ送ってくれんの? ありがと!」
「うっせー! こっち来んな!」
「カゲが呼んだんでしょ!」
ちょっと待ってよ、と風を切るように歩きはじめたカゲの背中を追いかける。あ、カゲのお尻も撮っとこうかな。
わたしの下心丸出しの視線を察知したカゲが、懲りずにまたわたしを睨みつけていて、わたしはうれしくなる。