マジックナンバー点灯



 がやがやと朝からマシンガントークをかます女子と体力が有り余っている朝練終わりの男子生徒たちがぞくぞくと集まる朝のホームルーム前の教室に、定刻ギリギリに入る。スクールバッグを机に落とせば、机につっぷしていた前の席の女の頭がのろりと上がる。
 低血圧を自称する彼女には朝ごはんを食べることを勧めてはみたが、そんな時間があるなら数分でも長く寝たいと口をとがらせていた。それでも毎日遅刻せずにやって来るのだから、根っからまじめである。
 おはよ、と整えきれていない髪の毛をひとつに結ぼうとするクラスメイトの背中にあいさつをかければ、腕をあげたままちらと後ろを振り返るが、二の腕がじゃまをして表情はみえない。
「ねえ、出水が投げるとか聞いてないんだけど」
「やっぱ来てたんだ」
「親に連行された」
 土曜日、ボーダー野球部は地元の少年野球チームと試合をして、おれは先発投手として投げた。その相手チームに彼女の弟がいるとは聞いていたので、観に来るのではないかとは想定してはいた。
 休日は用事がなければ昼すぎまでぐうぐうとねている彼女にとって、午前中の試合観戦はたいそう負担であっただろう。
 基本的に隊から1人野球部に所属しろって、と柚宇さんがパソコンのモニターをみつめながら読み上げた指示に、ルール覚えられない太刀川さんとバット持ったら手が荒れると騒ぐバカしかいなかったから、必然的におれしか選択肢がなかった。
 そうでなくても太刀川さんは有名人だから、中継が入る場合は解説側に呼ばれるということだった。解説といっても、普段の隊員の様子を教えたりするだけだから、なんとか太刀川さんにもつとまるらしい。
「あの人がすごかった、なんかちょーデカい人」
 こちらに体を向けてぐうう、と背伸びをする彼女の感想に、小学生相手に木崎レイジを当てるのはやりすぎだろ、とみんなで苦笑いしたことを回想する。
 それにしても、観に来ていたなら、連絡が入るとばかり思っていた。なかったから、来ていなかったのかと思っていたのに。そのまま思っていたことを告げれば、
「なんかさ、出水みてて、よくわかんないけど、普段はおバカなことを一緒にしてくれるけど、ほんとは付き合ってくれてるだけなのかとか、ちょっと疑心暗鬼になった」
「はい?」
 おバカなこと、をこいつと一緒にしているといえば、おれだろう。だいたい、米屋も参戦してるけど、今は米屋ではなくおれの話をしているのだ。
 食堂で焼きそばパン懸けて叩いて被ってじゃんけんパン(ちょっと洒落きかせただけで普通のやつ)したり、1ヶ月でガリガリくんの当たりをどちらが多く出せるか勝負したり(1日10本食ったら腹壊した)、授業中に紙飛行機飛ばして先に先生にバレたほうが負けとか(おれのが先生の頭に直撃して負けたけど作り置きしてたからこいつも怒られた)、こういったことがおバカなことだろう。
「インタビューにもふつうに答えていたし、なんならちょっとウケてたし、大人ともちゃんと付き合いができるし、居場所がちゃんとあって。すごいね、出水」
 なるほど、こいつはおれらの試合、試合中、試合後の様子をみて、そんな風に考えたのか。それで、連絡を寄越さなかったというわけか。
「なになに? これなんて返すのが正解? あざーっす?」
「うん。なんだかすごく遠くの存在のようだった」

 そりゃ、ボーダーでがんばっているのも知っていたけど、それは実際に見たことはなかったから。と、切りそろえられている前髪をさわる。
 遠くの存在? こんなに近くにいるのに?
 そもそも、たかだか即設野球部の試合の感想でそんなことを言われるなど、想定外すぎる。突き離されたような気持ちになって、落ち着かない。
「でもあれだろ、おれの居場所はここにもあるよな?」
「……学校? そりゃね」
 おれの言いたい居場所というのは学校という大きなくくりでも、教室という細分化されたものよりも、もっとせまい、もっとはっきりした場所のような、気がする。
 おまえが観に来てるかもって思ったから張り切った、なんて真面目な顔して言ったら、どんな顔をするんだろうか。その不安のようなもやを、取りはらえるのだろうか。
 チャイムの音と教師がドアを引く音が、彼女の体を前へと向ける。結び上げられたポニーテールが手招きするようにゆれていた。