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THANKS 10,000HITS!
2021年11月にひっそり募集していたリクエスト企画。
4作品を執筆させていただきました。
下部の●をクリックするとページが移動します。
*『繭の中』諏訪洸太郎(ワールドトリガー)
*『0℃』天国獄(ヒプノシスマイク)
*『狐の嫁入り』鉢屋三郎(落第忍者乱太郎)
*『土曜12時改札口』村上鋼(ワールドトリガー)
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繭の中
ちらと視界の端にタオルでわさわさとぬれた髪を拭いている諏訪さんがうつった。普段は気にしたこともない6畳1Kユニットバスの小さな賃貸物件の一室の引き戸の高さが、諏訪さんが通過すると低く思える。ボーダー内にいるとたいして高くはないように思うけど、日本人にしてはまあまあタッパはあるほうなのだということを再認識させられる。同い年でよく連んでる太刀川も二宮も堤も、諏訪さんよりデカいから感覚が鈍っているにちがいない。
「風邪ひくぞ」
iPadでリズムゲームを叩き続けていたわたしの隣に腰掛けた諏訪さんが手元を妨害してくるので、早々に続けるのを諦めてホームボタンを押す。タオルを頭に巻きつけたまま、諏訪さんがシャワーに行って、今戻ってくるまでこうしていたわけなので、いい加減髪を乾かせよということらしい。
「ほんとーに、乾かさないと風邪ひくんですかね?」
「試してみれば」
「やですよ、枕がびちゃってなるのは気持ち悪いんで」
毎日、なんだかんだ最終的には重い腰をあげてドライヤーを手にしている。びちゃってなるのももちろん気持ち悪いけど、ぬれたまま寝たら翌朝ゴワゴワギシギシウネウネで大変なことになるから。いくら古い価値観だと言われようとも、やっぱり髪の毛は女の命だと思う。
だから、ちゃんと乾かしても他人とベッドをともにすると、枕カバーと髪の毛が必要以上に擦れてしまうのが結構気になって、目の前の人の表情や手、肌の感覚に完全には集中できない。相手が悪いんじゃなくて──もちろん諏訪さんが悪いんじゃなくて──むしろ諏訪さんだからマシな姿のままいたいわけで──わたしはそういう質なのでしかたないのだと加古ちゃんにおどければ、それはまだ本当のよさを知らないのよ、と哀れまれたのは先日の話。はてさて、そうなのだろうか。
わたしは事が済んで腕枕をしてもらったまま微睡むあの時間のために行為をこなしている節があるし、それこそがいちばん気持ちいいから、それでいい。でも、そんな消化試合みたいなものがじつはとってもいいっていうのなら、経験したいと思わなくもない。そんなわたしの全集中を邪魔するのが枕と髪の毛だとするのなら、
「……そうか、わたしが上になればいいんだ!」
脈絡のないわたしの発見を諏訪さんはまばたき3回分の時間で理解したようで、ため息混じりのリアクションがある。
いやいや、そうだそうだ、わたしがいつも下にいるから髪の毛がぐちゃぐちゃになるんじゃないか!
「そうしたら髪もぬれたままでいいですよね!」
「俺は楽だし、別にいいけどよ」
論点がズレてんだよとわたしの頭をタオル越しにはたく諏訪さんに、名案じゃないですかと抱き付けば、「風邪ひいても看病来られねーぞ」
まだ諏訪さんはわたしを案じる体だ。
明日から長期遠征選抜の閉鎖環境試験がスタートする。諏訪さんたちは一週間隔離されるらしい。わたしは集団行動が得意ではないし、修学旅行とかも楽しめなかったタイプの人間なので、遠征関連はご遠慮させていただいた。人には向き不向きがあるのだ。
──まあ、枕はぬれないけど、そもそも腕枕してもらう前に眠い目擦りながら髪を乾かすなんて、したくはないな。
「じゃ、諏訪さんが乾かしてください」
「はぁ?……しょうがねぇな」
諏訪さんの身体がわたしの腕を抜ける。片手をカーペットについて腰を上げ、姿見にくっつけたS字フックにコンセントを突き刺したまま引っかかっているドライヤーに手をのばしている。
一週間。連絡をとれるツールも持ち込めないそうだけど、どうせあっという間だ。そもそも諏訪さんがこうしてわたしの部屋に泊まるのは多くて週に一度。だから、時間に構わず送られてくるおやすみ(飲み会とかでオールしてれば朝に来るし)とおはよう(同じく夜に来るし)の連絡が途絶えるだけだ。
「」
だいすきなわたしを呼ぶ声に、這いずりながら近づいて手招きする手のひらをにぎってみる。
きっとそれでも、諏訪さんの生身に触れられない明日の夜、わたしがいつも置く位置より高い箇所にはめ込まれたシャワーヘッドを背伸びして引っこ抜いて、彼の不在をさみしく思うのだろう。
(20211124/桜さんへ/諏訪洸太郎×「しょうがねぇな」)
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0℃
陽はおちたとはいえまだじっとり暑い。大衆居酒屋が連なる通りの一画、赤提灯がぶら下がった店先でビールケースに腰掛け飲んでいる。向いに座っている人物は景観的にも心情的にもかなり不釣り合いだ。
「それにしても、獄しか捕まんないなんて」
ふたりともきっかり3杯ビールを流し込んでしまってから、なんとなくかち割りワインという、グラスに氷と赤ワインが混在した外道な飲み物を注文したわたしを、獄は化け物をみたかのような目で否定していた。
「てか、なんで捕まってんの。獄とはナゴヤで飲めばいいわ」
「俺には嫌いなもんが2つある。ひとつまずいお通し、ふたつ恩を仇で返す女だ」
獄は不機嫌そうな顔をして冷酒をグラスで飲んでいる。こんなところで下手にウイスキーを飲むよりは日本酒が安牌らしい。
滅多なことがなければ動かない大学の友人数名のメッセージグループに、中王区へ行くから誰か飲みに行こうと入れたら、ことごとく断られた。そんな中、わたしに唯一手を差し伸べたのが獄だった。
しかし、わたしと獄の住まいはナゴヤにある。ナゴヤで大手自動車メーカーの研究員をしているわたしと、弁護士の獄。三か月だか半年だか一年とかにいちどくらいは飲みに出かけている。とはいっても、間違いなくナゴヤ界隈でこんな場所には付き合ってくれないので、これはこれでトウキョウで飲む意味もあったというものか。
「ここのお通しは悪くなかったよね」
「問題はふたつめだろうが」
小皿に一切れ置き去りにされていたハムを拾い上げて口に運ぶ。お通しの店長こだわりのポテトサラダは、ごろっとしたジャガイモとニンジンが、いかにも家庭的でなかなかおいしかった、というのは同一見解らしい。
「男友だちって、最終的にひとりの女に奪われちゃうから、つくるだけ無駄なのかも」
アラサーの今、既婚・子持ちの男友だちと会うのは至難の業だ。こうも会えなくなるとは、当時、結婚のけの字もはっきりとしたイメージのなかったわたしには想像もできていなかった。
女友だちは意外と会えるのだ。奴らはいい旦那を捕まえた。しかし男友だちはそうもいかない。奴らはいい旦那なのだ。奥さんとの関係を優先したくてなかなか夜に長く外へ出たがらない。
みんないい奴だから奥さんや子どもを大切にするわけだけど、曲者揃いのあの大学でそんな人間ばかりと連んでいたわたしは男を見る目があるかもしれないが、独身女が言っても説得力がない。これはしょうがない。だってみんな恋愛対象ではなかったのだもの。
「温暖化が悪いことだと思うか」
「……暑いとビールがおいしくなるからなぁ」
ちょっといいことかな、とビールではなくワインと氷の入ったジョッキを掲げたわたしの返答に獄は目を細めることもため息をつくこともせず、ただ彼の手元の冷酒の入ったグラスをゆらしている。
想定の範囲内だったのだろう。それでも獄は全身で呆れていた。突拍子もない話をふられて困惑しているのはこっちである。
「二酸化炭素濃度40パーの世界に氷河期が到来。そっから今は徐々に元に戻ってるだけだとも言える」
「まぁ、そうだね」
「だからな、そのうちちょうどよくなんだろ」
ここでいうところのちょうどよいは要するに大学時代の友人たちが子どもを小学校低学年くらいまで大きくしたころを指すのだろう。彼らが比較的楽に夜外出できるようになるころだ。
──なぐさめてくれているんだろうか。
実際そんなに思い詰めてなどいなかった。今回はほんとうにタイミングが悪かったけど、なんだかんだみんな都合をつけて会ってくれるもの。逆に仕事や遊びでナゴヤへ来るときは連絡をくれるもの。
「なら、氷が溶け切るまでは、わたしらだけでも仕方ないか」
「……それこそ戻っただけだしな」
串からていねいに外された焼き鳥をつまみ上げる箸に、思わず変な力が加わる。製氷機内で濡れた指にうっかり貼りついてきた氷のような小さいけれど確実な衝撃だった。氷を反射的にひきはがすのは地味に痛いから、わたしは曖昧に笑うことにする。
「……そんなに戻っちゃうと、二酸化炭素濃度的に人間は暮らせないじゃん?」
20年弱前──今計算してみてその年月にちょっと引いた──ホイッスルをピッと一息ふくくらい一瞬の時間、わたしと獄はいわゆる浮ついた関係をもったことがあったのだが他校の人間とのそれは長くは続かず自然の流れに身を任せ、消滅した。
その後、東大のベンチで再会したときは、なんとも形容しがたい気まずさがわいてことばが出なかったけど、獄はいたって平然としたいでたちで「じゃねえか」と、わたしをこれまたナチュラルに名前で呼んだ。わたしの姿形は覚えていたというわけだ。
それからずっと──なんかいろいろ混乱していた時代は割愛──こうしてつかず離れずやっているというのに、それをなぜ今、このタイミングで蒸し返そうとしたのか。すっかり話題にのぼった試しがないので、獄は忘れているか──さすがにそれはなかったか──抹消したい思い出なんだとばかり。
「それなら、生き抜ける方法を考えればいいだけの話だろ」
わたしは獄に不要と言われたこともないが必要と引き留められたこともなかった。望んでもなく、望まれてもいないと認識していた。そういう気分のときにだけくっついて、そうでないときは離れる。昔からそうだったのだ。獄が、ではなく、わたしが。獄という人間の光と影を交互に渡り歩いていた。
怖かったのだ。ずっと獄のそばにいたら息ができなくなるんじゃないだろうかと。あのころのわたしはそれを恐れて、しずかに時が過ぎるのを待ち、同時に彼に恥じぬ人間でありたいとできる限りの努力を重ねた。結果、今があった。これはわたしにしては上出来で、わたしたちにはちょうどいいのではなかったのだろうか。
「どうすんだ」
もっかい生! 二軒目行こう! 解散しようか。──なんとでも取れて、どこにでも話題を飛ばせる、でもそんな話ではないことくらい、アラフォーに足をかけてしまっている女にはよくわかる問いかけだった。
もう俺は言ったからなと言わんばかりに獄は煙草に火をつける。例え話の羅列だけで人肌温度の関係性の再沸騰が叶うと思っているのだろうか。そんなに偉そうにはしてもらいたくない。
どうしようね、なんて質問で質問に返したら獄は話を打ち切り、二度と同じことをしないだろう。
わたしはグラスを持ち上げて、氷が真紅の液にもぐり、音を立てるのを聞いていた。
(20211126/によさんへ/天国獄×アラサー女)
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狐の嫁入り
生理痛は昔から重たくないのだが、生理二週間前からやってくる腰痛だけは困ってしまう。まれに夏でも貼るホッカイロを腰に貼りつけたものだ。友人たちはみな、生理中、その前後はつらくて起き上がれないと嘆いていたが、わたしはむしろ横になっていられず、起きるしかなかった。
もともと布ナプキン派だったから、布切れを挟むのには抵抗なくわりとすぐに順応できたが、いかんせん吸水性がないので二枚の布のあいだに葉っぱを挟んでみたりしている。しばらくこのあたりからは出ないらしいので、よさそうな葉をつける木を探しておこうか。
「」
「……おはよう」
もぞもぞ布団から這い出たところで、めざとい三郎の声が寝間に響いて、手首をとられた。起きていたか。起こしたか。
そのまま振り払うことなく布団に尻をつけ、脚を折って三角に座る。三郎はその状態に満足したようで、わたしに続いて起き上がることはしなかった。暑くもなく寒くもなく、気温としては心地よい日の出前だ。
この村に身を置いて数週間が経過した。おしどり夫婦として目を引くことも、不穏な空気が流れる夫婦として話の種になることも避け、いたって普通の妻と夫(偽)でいることは、さほど難しいことではない。
ただし、わたしにはそういった夫婦の例というのは平成や令和といった時代のものでしかないので、多少苦慮はしたといえる。
体感二年ほど前──正確なところは不明──わたしは鉢屋衆と名乗る集団に文字通り拾われた。27歳で結婚。29歳で妊娠、30歳で出産。35歳手前で第二子。そういう人生プランで、まずその第一段階の直前まで漕ぎ着けたところだった。
伏見稲荷の千本鳥居で和装前撮りをしていたが、ふっと気がついた時には見慣れぬ座敷の宴会の場に転がっていた。
机に並ぶのはジョッキやグラスではなかったが、酒の場であることはわかった。白無垢ではなく簡素な着物を身にまとっているわたしの目覚めに気がついた座長らしき男性に、わたしはどうしていたのかと問えば、まあ飲めや歌えや、となんの酒かわからないものを握らされ、わたしは、まぁいいか、夢ならばさめる、とそれに口をつけ──きっと日本酒はこの飲み物から派生したのだろうと察した──夜が明けるまで宴に興じ、畳の上で眠ってまた目がさめても、伏見稲荷にも、自分が暮らしていたはずの世界にも、戻らなかった。そうして、今に至る。
──って、そんなのだれが納得できるだろうか。
もはやどちらが夢で現実で今で昔なのか。記憶もあやふやになってきた。
おそらくは今、わたしの歴史の知識から考えると室町時代あたりのようだけれどグッズや家具はどこか現代ぽかったりして、言葉も通じるし、コンタクトこそないがメガネもあり、どうにもこれは都合がよすぎて、死後の世界にでもいるのではないかと思う。会社の年一の簡易健康診断の結果は毎度良好だったはずだが、人間ドックを受けておくべきだった。
当人のわたしですら噛み砕けないこの状況下で、昔の話やわたしの経緯については、だれにも伝えていない。鉢屋衆の面々も深く追求することはしなかった。
それはわたしに無関心であるということではなく、多種多様な事情を抱えている人間の存在を重々承知し、そして自分たちにとって害か無害かを嗅ぎ分けることができる彼らの特性からくる正しさだったと、今はわかる。
面や所作はなんとかなっても指先の美しさというのはなかなか誤魔化しが効かないということで、武家の潜伏などで重宝がられ、集団の顔触れ──外見含む──は数日、数週間、月単位で変われど、現当主の鉢屋三郎に二年連れ添っている。
のだが、今回夫婦となれば、その辺の妻を演じるとなれば、炊事に洗濯と手が荒れるではないか。お役御免か? と思われたが、人が見ていないところでそれらは三郎がこなしていた。
まるでわたしの旦那になる予定だった、飄々としていたけれどにじむやさしさがわたしを包む、もうどうしてもよく姿形が思い出せなくなった彼に似ていて、この環境に適しているかは不明だが、三郎も意外といい旦那になるにちがいないだろう。三郎にとって女を助ける性分は演技ではないと、なぜだか確信めいたものがあった。
「白無垢は残しているんだ」
「……え、あぁ、え? わたしが着てたやつ?」
そうだ、と三郎はわたしの手首を握ったまま肯定する。随分と今更な情報に、呆気にとられた。
そうすると、わたしはあの日の伏見稲荷からここへとやって来たわけなのか? わたしは今も生きている? タイムリープ物の映画や小説の知識はあるが、じゃあそれが今ですと言われても理解はできない。
こんな摩訶不思議な現象を証明するなにかしらのきっかけとして、衣装は弱すぎるし、もうどちらだってよかった。この生活のなかで、元に戻ることに躍起になったことは不思議といちどだってなかったのだ。
「ふぅん。そっか」
「ちなみに、私が着替えさせた」
「……はぁ」
なんということか。三郎にわたしの身体をみられたのか。この男はおずおずと目を逸らして着替えさせるような情けない男ではない。想像してみて、羞恥よりも強い納得感があった。
そうとなれば、この世界には派手すぎる下着などはどこへ行ったのか。それもいっしょにどこかに保管されていたりするのだろうか。
「また、白無垢を着ないか」
「夫婦なんだから、今着たらおかしいでしょうよ」
なんて、冷静にツッコミを入れるだけの余裕はあった。
三郎にとってどの顔が、どの身振りが、口調が本物なのかはいまだに判別できてはないけれど、それはわたしも同じことだった。三郎よりよっぽどわたしの存在のほうが異質である。
そうだとしても、三郎のしゃんと背筋の伸びた姿、線が細いようでほどよく必要な場所に確実についている筋肉質な身体に、紋付袴はどっしりと景観になじむことだろう。すでにその絵をみたかのように目に浮かんだ。
「私はこちらのほうが好ましいんだ」
──ちょうどいいだろう。刺激も、ゆとりも。
そう言って三郎が同意を求めるように笑って空気がゆれる。聞き捨てならぬことを言われたような気がしたが、もはやわたしには関係のないことのように思われた。
かつては患部に手を当てて治療したから手当てと言うんだから、あながち間違いではないだろう。──そんなことを昔、ぬるい声でささやかれながら、腰をさすってくれていたのはだれだったか。
三郎の手首をとって、痛む背後にまわす。三郎にそうされることはとても自然なことだと感じている。わたしの人生計画通りに事を運ぶなら、今だろう。
(20211128/迂路さんへ/鉢屋三郎×ハッピーエンド)
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土曜12時改札口
「さすがだな」
昼休み。4時間目の英単語テストのため、単語帳をめくっていたわたしの背後に村上が立っていた。
ギリギリまで粘るこの諦めの悪い精神をほめられているのだろうか。まさか。むしろ呆れられるべき事案である。
嫌味か? と首をひねれば物覚えがよすぎる村上は眉を下げ、また教頭に無茶振りしてただろ、と笑って隣の席の椅子を引き、わたしのほうへ身体を向けて着席した。本来その席に座っている人物は購買に行ったっきりまだ帰って来ていない。
村上は今朝の全校集会での、わたしの司会ぶりについて賞賛をくれているようだった。
放送部の部長として、わたしは集会に駆り出されている。厳密にいうと二年生の頃からなぜかわたしの役割だ。文化系の部活動のなかでもあまり前に出たがらない人種ばかりの集まりなので、押し付けられたというわけだ。損な役回りである。
集会は月に一度中継で行われ、各教室のモニターに映され、データは即時学校のウェブサイトにアーカイブされる設定になっている。
わざわざ一箇所に集う時間や準備を省く・保護者にも学校のことを理解してもらうという意図もあるが、ボーダーの活動で不在にする人も多いからだ。どうしてもシフトがまわらず高校生隊員も平日の朝から任務につくこともある。ご苦労なことだ。
ただ、彼ら・彼女らが動画を見る可能性は低かろう。見なくてもとくに困ることはないから。
「何回無茶振りしても、何度でも動揺してくれるからね」
「確かに。そろそろ慣れてもいいだろうにな」
「調子に乗ってウケ狙いしないから、いいんだよねぇ」
つまんない集会も、ちょっとだけでも内輪として愉快にはしたくて、アドリブを入れることもあったりする。だいたい犠牲者は教頭だ。ボーダーの子たちが、うちの幹部そっくりなんだと見せてくれた写真には、たしかによく似たまるまるした体型の人が写っていた。
無茶振りといっても、2月には奥さんにチョコはもらうのか尋ねてみたり。3月にはお返しどうするのか聞いてみたりなんていう、かわいいもんだ。今回は、産休をとっている先生が無事出産したということで、お祝いコメントを即興で入れてもらった。そんなに場違いで失礼なことをしているわけでもない。学校という範疇から飛び出すほどのネタでもないので許されている。
「すごいと思うよ」
「それは教頭に言ってやって〜」
「ちがうよ。がすごいんだよ」
わたしはまた腑に落ちないことをアピールすることになる。先の会話のとおり、ややウケするのは教頭のキャラのおかげであって、わたしの器量や技量ではないのだ。
「いやいや、司会なんて原稿あるし、だれにでもできるよ」
「は原稿読んでるだけじゃないだろ。会話は常に流動的だからさ、オレにとって難しいことのひとつだよ」
「それはまぁ……って、あれ? そういえば村上、今朝いなかったよね?」
そう、村上は3時間目までいなかったはずだ。ボーダー内でも優秀らしい村上は不在率も高めで、今日も例外ではなかった。
村上の机の上に目をやればスクールバッグがぽつんと置かれている。お弁当箱でも教科書でもノートでもない。やっぱり今、登校して来たに違いない。
「いなかったときのは、いつもアーカイブ見てるから」
「へー? 模範的生徒だね」
「そうでもないよ」
「またまたぁ」
もはや真剣に覚えようという気はさらさらないが、単語を指でなぞる。
だれがどう見たって模範的だ。ボーダーから学校までの移動中にわざわざサイトにアクセスして動画を開いたのだろう。暇つぶしの方法ならこの世には掃いて捨てるほどあふれているのだから。
「オレはの声がすきだから、見てるだけだよ」
「へー……え?」
べつに、先生たちの話を熱心に聞いてるわけじゃない。だから、全然模範的じゃないよ。と、村上は懇切丁寧にわたしの所感を否定した。
──そう、打ち消されたということは理解したが、村上の発言をまったく消化できないわたしは、執拗にページをぺらぺらとはぐり続ける。
「だから、もっと話してくれるとうれしい」
「いや、えーっと……喋りまくる司会はちょっと、どうなのかな」
「そうじゃなくてさ」
ゆるい笑い声に、やっとの思いで村上の顔に目を向ける。
わたしは、わたしに想定外の問いかけをされた教頭の如く、たじろいた。村上からにじむ熱に全身が火照る感覚と同時に、それが冷えてしまうかもしれない未来に、すでに怯えていた。
だから、頭をかきながら、一つひとつ村上がわたしに問いかけ、確認し、交わそうとする約束に、わたしは頭を縦や横に動かすだけで精一杯だった。
(20211123/伏見さんへ/村上鋼×褒め言葉)
2021/11